2006年7月 4日 (火)

僕らはいつも星空を眺めていたⅣ

『僕らはいつも星空を眺めていた』 -裏庭の天体観測所-

チャールズ・レアード・カレア著

北澤和彦訳

ソフトバンク・クリエイティブ出版

ひきつづき引用してみよう。

6月

「あれなの?」

次女がふたたび指さしているが、アルクチュルスではない。わたしは腕時計に眼をやり、首を振る。まだはやすぎる。次女は小学1年生で、科学に興味があるので、わたしたちは外にでて、頭上を通過する国際宇宙ステーションをひとめ見ようとしているのだ。だが、蚊の興味をひいてしまうのがせいぜいだ。

「ここから宇宙飛行士が見えるの?」と、彼女はきく。

「いや、遠すぎるよ」

「でも、だれかが操縦しているんでしょ?」

「引力さ。競技場を想像してごらん、ぐるぐるまわってる」

「退屈そう」彼女は皮肉っぽくいう。

そうあってはいけないのだが、確かに退屈そうだ。わたしのはじめての宇宙ステーション体験は、1975年のスカイラブだった。

(中略)

「どんなふうに見えるの、パパ?」

今度は答えられた。

「たぶん星みたいだけど、動いているんだ」

彼女がなにか指さす。わたしはふたたび計算してみる。方向がちがう。

「宇宙飛行士にはエイリアンが見えるの?」

「無理だろうな」

「でも、エイリアンはいるんでしょ?」

わたしは肩をすくめ、宇宙飛行士は忙しいんだよ、と彼女にいう。

(中略)

長いあいだ観測してきたけど、見ていないものはいっぱいあって、そのなかには、スカイラブもふくまれているんだ、と答えようとしたとき、わたしと娘は突然それに気づく・・・国際宇宙ステーションだ。それは木々のすぐうえを低く飛んでくる。星のように明るい物体が、どんな外科医のメスより安定した動きをみせている。

「あれなの?」娘の失望がこだましている。

「想像してごらん。いままでいちばん大きい宇宙ステーションなんだよ」

国際宇宙ステーションは現代の奇跡なんだよ、とわたしは娘に話す。いまは天空でもっとも明るい物体のひとつで、人間がつくったということを考えると、よけいに信じられないだろ、と。

「だけど、飛行機みたい」

「たしかにそうだけど、宇宙ではそうじゃないんだ」

(中略)

「彼らは宇宙でも食べるの?」

「もちろん」

「よかった。あたし、お腹がすいちゃった。行かない?」

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2006年6月21日 (水)

僕らはいつも星空を眺めていたⅢ

『僕らはいつも星空を眺めていた』 -裏庭の天体観測所-

チャールズ・レアード・カレア著

北澤和彦訳

ソフトバンク・クリエイティブ出版

ひきつづき引用してみよう。

5月

 裏庭の天文家はひたすら見あげるだけで、そういったわびしさは感じない。観念論者のように天地創造の奇跡をながめ、海賊のように自分たちの猟場も見る。おとめ座銀河団は、望遠鏡のなかの貴重な宝庫である。多くの銀河はほの暗い。とくに、現代の光害に汚染された空ごしに見るとそうなってしまう。周知のことであるが、小口径の望遠鏡でそういった銀河を見るのはむずかしい。わたしはすぐにその事実を学んだ。

 おとめ座は、しし座の尾であるデネボラのすぐ南東、円形の区域にひろがっている。おとめ座は一週間にわたってわたしを苦しめている。その位置を知らないからではなく、よく見えないのだ。はっきりしないものを見つけるときは暗さが重要だし、きちんと順応した眼は不可欠だ。暗闇で一時間も眼を使っていると、テレビばかり見ている眼にはない敏感さが得られる。観測者にはきわめてするどい視力が必要である。しかし、わが家は十分に暗くない。ありとあらゆる窓から光がもれていて、家族の半分は眠っているはずなのに、ぼんやりと影を投げかけているようだ。

「読書ランプを消してくれ」わたしは娘の部屋に向ってわめく。

「消えてるわよ」娘は窓から叫びかえす。

窓がさらにひらく。「もうみんな消したわよ」

わたしは見あげる。彼女の部屋はたしかに真っ暗だ。

「暗いのね。そんなところで見えるの、パパ?」

見えた。アイピースのなかに、最初の二つ三つの断片、数条の光が見えてきて、やがて楕円形のにじみがあらわれる。おとめ座の奇妙なかたちをした銀河、M87である。

(中略)

 わが娘はまだ窓辺にいる。

「あれは恒星なの?惑星なの?」

彼女は木々のあいだを指さし、四つの星を数えた。

「惑星だよ」

だが、ひとつは消えていた。水星は一時間まえに見えなくなっていた。

「太陽系の半分がならぶなんて」と、わが娘はいう。「不思議ね」

淡い銀河を見る時、いかに周囲の明るさを避けるか、いかに眼を暗やみに慣らすか、それなりの工夫をしまたじっくりと見てしまう。・・・娘さんは四つ目の水星を見たのだろうか?だとしたら、最初から部屋の明かりを消していたにちがいない。

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2006年6月14日 (水)

僕らはいつも星空を眺めていたⅡ

『僕らはいつも星空を眺めていた』 -裏庭の天体観測所-

チャールズ・レアード・カレア著

北澤和彦訳

ソフトバンク・クリエイティブ出版

ひきつづき引用してみよう。

4月

いま、4月の空には新しい彗星があった。その彗星も明るくて、たやすく見つかった。もう何年も彗星を観測していなかったが、わたしは背筋が興奮でぞくぞくするのを感じた。地球に生を受けたあらゆる子どもとおなじように、すべての彗星ははっきりと識別できる。同じものはひとつもないし、同じ軌道をたどるものもない。彗星はふいに輝いたり薄暗くなったりすることで自由意志を表明するが、それはだれにもわからない気まぐれによるものだ。

この彗星も例外ではなかった。肉眼で見える彗星としてはこの5年で最高のものと予告されていた池谷-張彗星は、輝いていて、はやかった。国際的に知られている日本の彗星ハンター、池谷薫と、中国の張大慶というふたりのアマチュアによって、1ヶ月まえ(2002年2月)に発見された池谷-張彗星は、まさに絶好の被写体だった。

この3ヶ月、わたしは天体写真の初心者のように悪戦苦闘しながら撮影し、やりながら学んでいた。いまこそ解放されるべきときだった。池谷-張彗星がもっとも明るくなってアンドロメダ銀河に接近し、絵のように美しい出会いをはたす数日まえ、わたしは家のそばにある野原にキヤノン・イオスを設置した。まず三脚で数本撮ってみたが・・・これほどみじかい露出時間なら地球の自転はさまたげにならないから、単純そのものだ・・・なかなかよく撮れていた。

成功は人を大胆にすることがある。わたしの場合はそうとう大胆になった。広視野の写真に満足できなかったので、たとえ身のほど知らずであろうと、古典的な望遠写真、天文雑誌のカラーページにのっているような、うすい紗がかかったロマンチックなものを撮ろうと決めたのだ。できあがった写真はすべてぼやけていた。

わたしの彗星は動いたのだろうか?

(中略)

彗星が西に沈むその夜、小熊を見ていると、わたしは自分の問題点に気づいた。望遠鏡を調整してエレクトリカル・ドライヴを地球の自転に合わせるのであれば、望遠鏡の極軸をポラリスではなく、そこから1度弱北東にある天の極に向けなければならない。正確にやらないと、視野が動いてしまう。

問題を解決すればうまくいっていたのかもしれないが、そうはならなかった。望遠鏡をきちんと調整しおわったとき、彗星はカエデの低い木立の向こうに消えていた。時すでに遅かった。その翌週は雨で、写真を撮るチャンスはなく、彗星はいなくなってしまった。太陽の向こうに。池谷-張彗星がまたもどってくるのはわかっている。ただし、わたしが生きているうちではなく、わたしの子孫の時代に・・・わたしは何百年も遅すぎたのだ。

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池谷-張彗星。自分もアンドロメダ銀河(=M31)への接近も目撃することができた。・・・右写真 しかし、彗星の旬はほんのひととき。一期一会の彗星は、チャンスを逃すとほんとうに“何百年も遅かった”ことになってしまう・・・。

まさに共感のかたまりのような一節。

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2006年6月13日 (火)

僕らはいつも星空を眺めていたⅠ

『僕らはいつも星空を眺めていた』 -裏庭の天体観測所-

チャールズ・レアード・カレア著

北澤和彦訳

ソフトバンク・クリエイティブ出版

Book_1天文誌の書評に紹介されていた本だが、ある書店で見つけたので読んでみた。

自分の星見スタンスそのもので、とても共感した・・・。

いくつか引用してみよう。まずは、1月から3月。

1

数週間後、25年ぶりの望遠鏡が、想像しうる最悪の天候のなかでとどく。多くの新しい望遠鏡は、どうもそういうタイミングでやってくるらしい。

まもなく雲が晴れて、ペルセウス座の二重星団が姿をあらわす。肉眼で見ても、それほど心おどるながめではない。ぼんやりとかすんでいる。もっと正確にいえば、二口のオーブンのようにふたつの斑点が重なっているのだ。肉眼では分離できないが、双眼鏡なら可能である。望遠鏡を使えば、さらによくわかる。ぼんやりした斑点が爆発して二重のきらめく光の流れとなり、散光してたがいにころげまわっている。広角のアイピースであれば、それらの星団はおなじ視野におさまる。星のあいだの闇は暗く、さながらインクを流したかのようだ。

(・・・うーん、まさに!)

2

失われた歳月をとりもどすべく、買えるかぎりの天文機材を買うものだから、クリスマス以来、わが家にはさまざまな製品が押し寄せていた。歳月をとりもどすには金がかかる。私の預金残高は病んでおり、数字はどんどん減るいっぽうで、郵便受けの向こう側でクレジットカードがくすぶっているのがすでに見えている。妻たちはくすぶっているクレジットカードをすぐに嗅ぎつける。

「このアイピースはいくらするの?」と、わたしの妻がきく。

それはコーヒー・マグカップくらいの大きさだ。わたしがびくびくしているあいだ、彼女はため息をつく。

「高そうね」

「まあまあかな」と、わたしはいう。

彼女はうなずく。「あなたがこれを使ってくれることを願うわ」

使うさ・・・。

(何か似たような境遇が。)

3

鎌を横ぎってデネボラのほうへ行くと、ライオンの腹部から後肢にかけて銀河群がいくつかある。ぼんやりした光のしみが、少年フットボールチームのジャージのように瞬いている。メシエ・カタログにのっている、M95、M96、M65銀河である。だが、しし座の私のお気に入りは、レグルスのそばにある。それは銀河ではなく星だ。双眼鏡や望遠鏡でしし座Rを見ると、キャンプファイヤーから急にとびだしてきた赤い燃えさしが、風を受けて輝いたり消えかけたりしているようだ。しし座Rは1年じゅうその光度を変えており、ほの暗くなって消えかけたかと思うと、肉眼でも見えるくらい明るくなり、またもとにもどる。春になると生命の息吹がもどってくるように、そのサイクルは、すべてのものは原点にもどる。星ですら、そうであることを思いださせてくれる。

(・・・まさに、ペルチャーのようだ!!)

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2006年6月 7日 (水)

Starlight Nights

レスリー・ペルチャー著、Starlight Nightsの原書を手に入れた。

ほのぼのとした挿絵が良い。そのうち、何枚か紹介しょう!Rimg1435_1 Rimg1436_1 1枚目は翻訳書の表紙に使われていた画。Rimg1438_1 ほかに、家族のアルバム写真もあって貴重・・・。英語なのですぐは読めないが(^^;)、時間をかけてじっくり読んでみたい。

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